ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

D51 686

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昭和42(1967)年3月25日 多治見機関区

車歴は↓こちら。

http://d51498.com/db/D51/D51686

中津川区所属機だけに青地のナンバープレートを装着していますが、集煙装置は未装備。助士席側キャブ前窓の防護網が高目に設置されています。

煙室扉の中央ハンドル輪はスナップボタンタイプ。

除煙板の後方には油ポンプ箱が、止弁と並んでランボードの上に載っています。

火が落とされているように見えるのは気のせいでしょうか。

多治見機関区は昭和13(1938)年12月1日の開設です。昭和34(1959)年の配置表を見ると、多治見機関区には休車も含め気動車が47輌配置されており、機関車は入換用に8620形式とC10形式が1輌ずつのみ。昭和44(1969)年の配置表では車輛の配置はなくなっており、乗務員の配置と車輛の留置だけとなったように思われます。そして昭和60(1985)年には機関区そのものが配置表から消えているので、昭和59年度に廃止されたようです。