ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

D51 869

田中 泰三様と”撮り人不明”様の画像につき、転載はご遠慮下さい。

昭和43(1968)年9月15日 盛岡機関区

新見区へ異動される半月前の姿のようです。

集煙装置は未搭載です。炭水車には重油タンクが載せられています。

給水温め器の両端は、角にアールのない直角面になっています。

腰高の補助灯は東北機の特徴でしょうか。

除煙板上部ステーに「架線注意」札が取り付けられています。

尻内区時代が短かったせいか、キャブ屋根の延長はなされていません。

 

昭和45(1970)年9月25日 新見機関区

補助灯は撤去済。

除煙板の点検口に蓋が設けられました。果たしてどういう理由からだったのでしょう。その上部ステーにあった「架線注意」札は撤去されています。

鷹取式集煙装置を載せて、伯備線で気を吐いたことでしょう。

煙室戸周りの手摺ですが、向かって左側のものは、下側の手摺受けの位置が高いために手摺の張り出しが長目になっています。また手摺の曲がり具合がちょっとキツイように見えます。

小型のエプロンが設置されています。こんなんでも、意味はあるのでしょうね。

前端梁のボルト孔が賑やかです。

 

昭和50(1975)年1月16日 長門機関区

廃車となった3輌のD51ですが、その外観は文字通り三者三様です。

車歴は↓こちら。

http://d51498.com/db/D51/D51869