ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

8630

田中 泰三様の画像の転載はご遠慮ください。

これまで未掲載だったナンバーを江別の鐵様が発掘してくれたので、今回から8620を皮切りに順次ご紹介させて頂きます。(紹介になっているのかな?)

昭和49(1974)年11月24日 梅小路蒸気機関車館

高校3年生の時分、修学旅行の自由時間を利用して訪問した梅小路蒸気機関車館。ここで様々な形式と初対面を果たしました。17輌(当時、義經號とC62 1は梅小路におりませんでした)の保存機の中では最高齢を誇る8630号機は大正3(1914)年生まれで、今年6月に生誕110年を迎えます。(9633は同年の11月生まれ。)車籍は抹消されていたので本線運転はできませんが、火を入れての動態保存機でした。五能線を最後に引退しましたが、その当時はK-7タイプの門デフを装備し、ファンからは注目を浴びておりました。「ゆうづる」のヘッドマークなどのデザインを手がけた黒岩保美さんが、当時の生き生きとした8630の姿を8mmフィルムに収めています。梅小路入りに際し、できるだけ原型の姿でという意図からでしょうか、門デフは撤去されてしまいます。原型にするなら初期車の最大の特徴であるキャブ下のS字カーブを復元して欲しかったところです。青梅鉄道公園に保存されているトップナンバー8620ではS字カーブの美しい姿を拝むことが出来ます。(これとて、空気制動改造に際し、ランボードを2段構造としたため、その影響でキャブが底上げされる形状に変更されていますが。)

 

昭和52(1977)年10月14日 梅小路蒸気機関車館

鉄道記念日(現在は鉄道の日に改称)を祝し、車体を磨き日章旗を掲揚した晴れ姿。3年前の姿と変わった所はないように見えますが、煙室戸の取輪が十字タイプから標準的なものに交換されています。それと、前端梁に注目すると、3年前には縦方向2カ所に当てられていた細い平板が撤去され、その箇所にヒビが顔を出しています。何のために?

車歴は↓こちら。

http://d51498.com/db/8620/8630