ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

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matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。

昭和44(1969)年9月26日 徳島気動車小松島支区

四国の各機関区にはDF50やDE10が大量に配置され、蒸機は肩身の狭い思いを強いられた時期になります。

パイプ煙突ながら、正面と非公式側キャブ側面の番号板は形式入りですね。

シリンダの点検蓋の形状がちょっと異色。解放テコは片側タイプ。

キャブ側窓は原設計の2枚窓ながら、庇は2枚分に設置。

徳島本線では貨物を、牟岐線では客車を牽引していた模様。

引退後は地元徳島中央公園に保存されていますが、ここ何年も手入れを怠っているため、機関車の劣化が進んでいるようです。行政、ちゃんとして。番号板は4枚とも形式入りですが、キャブ側面の2枚はゴシック書体になっており、本物かどうかは定かではありません。またキャブ側面には「ボイラ48681」のプレートが貼られていますが、上の画像にも同じ位置にプレートが確認でき、本物のような気がするものの、車歴表の「ボイラを28637から流用」との関係性はどうなのでしょう。なお28637の車歴表に、ボイラ流用のことは記されていません。

再掲 昭和43(1968)年6月25日 多度津機関区(同年7月17日廃車)

因みに48681は48680のボイラを流用したというのですから、もう何がなにやら。

車歴は↓こちら。

http://d51498.com/db/8620/68692