このうち、「狩勝」だけは全車指定というブルジョワ列車で、貧乏学生にはなかなか縁のない列車でしたが、その救済というわけでもないのでしょうけれど、小樽・釧路間に夜行鈍行「からまつ」が設定されていました。周遊券を有効に使うには最適な列車で、蒸機列車を撮影に訪れた人は誰しも利用したのではないでしょうか。

夜行急行「狩勝4号(その後の7号)」は、昭和50(1975)年3月に標津線のC11を撮影しに行く時に、一度だけ利用しました。(帰りは「からまつ」。)この時にA寝台を使ったのですが、人生後にも先にもA寝台の使用はこの時だけです。寝るのがもったいないこともあり、迫る期末試験のために一応教科書を持参していたのでそれに軽く目を通しましたが、文章が全然頭に入らず、結局時間の無駄であると判断し、明日の撮影予定を復習してさっさと眠ってしまいました。広々していていがった~。
急行「狩勝」は、昭和56(1981)年10月に石勝線が開業すると富良野経由から石勝線回りにルートを変更し、列車名を「まりも」に変更しました。私より上の年代の方なら、かつて山線をC62が重連で牽引していた姿を思い浮かべるかもしれませんね。
昭和56(「1981)年2月に、急行「ニセコ」が旧型客車から14系客車に変わりました。ようやく北海道にもブルートレインが来たかと喜んだものです。寝台車ではありませんでしたが、一応特急用の車両だし、色はブルトレと同じだし。

その後、夜行急行にも順次14系が投入されることになりますが、代わりにグリーン車は廃止となります。スロ62やスロ54が消えてしまいました。また寝台車もオハネ12、スハネ16、オロネ10の代わりに14系寝台車に差し替えられ、雰囲気はブルートレインっぽくなりました。



急行「はまなす」が今年3月に廃止されたことで、北海道から夜行列車が消えてしまいました。夜を徹して道内各地へと運んでくれた列車はもうありません。


DD51も何もかも消えちゃいました。JR北海道も消えなきゃいいけど。
