ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

帰宅

福島臨海鉄道の撮影を終えると後は帰宅するだけ。平駅では3時間近くも待ち、ようやく乗り込んだのは下り急行「十和田1号」、14系客車でありました。急行列車なのに特急用車両に乗れちゃう。しかも車内には乗客がほとんど居ないので腰掛を向かい合わせにして4人席占領。そんな幸福感を味わいながら終点の青森までトロトロ惰眠を貪り、な~んもすることなくだらけまくっておりました。青森からは松前丸に乗船。だらけの続行です。今にして思えば、少しでも写真を撮っておくんだったと後悔しても後の祭り、大祭りであります。炎上はしないけど。
そして函館到着。函館からは山線回りの急行「ニセコ2号」に乗車します。

だらけ継続中で動くのが面倒臭いため、車内から撮影しています。
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DD13 214 ヒ700を連結して連絡船からコンテナ車を引き出しているところです。

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DD13 212 白帯がナンバーに食い込んでいます。

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かなり窮屈な構図ではあります。駅には伝書鳩がよく集まっていましたね。

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DD13 214 コンテナ車を連絡船に押し込んでいます。あ~ビデオで撮りたかった。
いつもなら傾きを直すところですが、あまりに傾き過ぎて、直すとかなりトリミングされてしまうのでそのままにしてあります。

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長万部駅に到着です。ここから前補機が連結されDD51重連になります。
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この当時、駅には働く職員さんが大勢いました。

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機関区には廃車のD51 163がナンバープレート付きのまま留置されています。
163号機は煙室扉に小穴が幾つも明けられた変形機です。燃焼効率を上げる目的だったそうですが、その効果のほどは・・・。

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長万部発車。室蘭本線が直進するのに対して、山線は大きく左にカーブを切ってから北上します。

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上目名駅手前のトンネルでしょうか。

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ニセコ駅ではタブレットの授受シーンを狙ってみましたが、露出もタイミングも取れずに惨敗でした。

こうして2週間ほどの撮影旅行を無事に終えるのでした。でも現像作業がたっぷり待ち構えています。残金、4,638円也。

昭和52(1977)年8月31日