


初めて一眼レフを購入したカメラ店がこの近くにあったのですが、もう記憶がほとんどありません。「ミノルタXE」という機種で、今でも手元に残してあります。タムロンの80~250mmというズームレンズも一緒に購入したものの、これが欠陥品で絞りが作動せず、即交換してもらったことだけは印象に残っています。タムロンの名誉のため、交換品は10年間ほど使いましたが、その間一度も故障しませんでした。


麻生自動車学校が左手に見えます。こちらに向かってくるのは721号。元D1030形D1037号ディーゼルカーです(足回りなどは240形245号)。一つ目ヘッドライトが印象的で、1形式1両の希少車でした。


フィルムが足りなくなり、終点の「新琴似駅前」は撮影できませんでした。それでもモノクロネガとカラーネガでの撮影も合わせれば、沿線を一通り撮影したことになりますから、一条線の廃止の時よりかはずっとマシでしょう。
二日後の4月30日をもって鉄北線は営業を終えますが、人込みは嫌いなので最終電車を新琴似駅前電停で見送ることはしませんでした。
「北37条」、「麻生町」、「新琴似駅前」はわずか10年程の営業でしたが、小学生から高校生にかけての時期でしたから、今感じる10年間よりはずっと長い期間だったように思います。
昭和49(1974)年4月28日