ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

札幌市電 鉄北線廃止間近

初めてのポジフィルムを1本使い切り、2本目に手を出したのは実にその1年後でありました。よりにもよって、またもや市電路線の廃止間際のことです。今回は北24条と新琴似駅前を結んだ鉄北線が廃止対象で、地下鉄南北線が麻生まで延伸されることとなり、その工事開始に伴い廃止されました。
地元の人は麻生を「あざぶ」と発音しがちですが、「あさぶ」が正しい読み方です。「あそう」とは誰も読みませんが、私は麻生久美子が結構好きだったりします。

イメージ 1
麻生→北37条
非電化として開業し、日本唯一の路面ディーゼルカーが走り回っていたこともありました。奥に見える建設中の建物は「北海道銀行」です。麻生の五差路の所になります。右手には現在、ダイエーがあります。
市電が開業した頃はまだ歩道がない未舗装道路で、道路の両脇には排水路であるドブ川がありました。どこかの沼ですくってきたドジョウを家で飼うのが面倒になり、このドブ川に放流したものですが、酷いことをしたものです。

イメージ 2
北37条
廃止記念で22号が花を添えました。非営業です。撮影したのは麻生自動車学校の横です。今はパチンコ屋の裏に隠れるようにありますが、当時は広々とした構内でした。

イメージ 3
ほぼ同じ場所で北24条側を振り返ります。右手が麻生自動車学校です。私もここで免許を取りました。3回くらい補修を受けたかな。仮免も一度落とされたし。今でもあまり運転は上手ではありません。

イメージ 4
北33条で、麻生方を見ています。遠くに見える青い看板のところで札幌新道が交差しています。まだ札樽自動車道は影もありません。
この頃、クラブで疲れた学校帰りに「アナタハ神ヲ信ジマスカ」と、自転車に乗った外国人二人組に声を掛けられ30分ほど拘束されちまいました。その時「ぜってー信じない」と心に誓いました。狐狸庵先生の「沈黙」読めよ。

イメージ 5
北30条をすっ飛ばして北27条です。電車の後方に見える建物は今でも健在です。

イメージ 6
始終点の北24条。この真後ろに幌北車庫がありましたが、現在は「札幌サンプラザ」が建っています。正面に見える「田中商店」は今でも健在です。

昭和49(1974)年4月28日

それにしても、これらのポジはかなり露出オーバーな上に色の劣化も起こっているのですが、フィルムスキャナーとフォトショップの威力で、だいぶ見られる状態になっています。10年前にフラットベッドスキャナーでスキャンした画像は、フォトショップの力をもってしても全くどうしようもありませんでしたが、流石に専用機の能力は群を抜いています。
ゴミやキズはあまり処理していませんので、お見苦しいこととは思いますが、そこは見逃してください。