ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

渡島大野駅

北海道新幹線なんてまだまだ先の話・・・なんて思っていた頃に立ち寄った時の画像になります。曇天の暗~い雰囲気の中、「新函館(仮称)駅 建設地」という大きな立て看板が所在投げにアピールするのも侘しさ一杯でありました。

まずは駅周りを見て回ります。無人駅です。駅舎内は撮影していません。
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いつ建て替えられたのでしょう。古い駅舎は知りません。
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駅名が「本郷」から「渡島大野」へ改称されたのは昭和17(1942)年のことだそうです。「仮面ライダー」は見ていませんしファンでもありませんが、「本郷」という姓にちょっと反応してしまいます。
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レンガ造りの油庫を入れて、跨線橋側と駅舎側を撮っています。
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E3系をモデルにしたのでしょうか。配色はH5系に近似しているように思えます。

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下りホームです。千鳥型の相対式ホームとなっており、北海道ではよく見られるタイプです。上下の列車が互いにタブレットを交換する際、列車の先頭が向かい合わせのようになるので、タブレットの受け渡しが楽になります。その代わり、駅の敷地が非常に長くなります。
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10:25 3080列車 DF200-61
函館寄りの踏切付近からの撮影です。

10:49 4092列車 DF200-51
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ここで特急「北斗」に追い抜かれます。草むした2番線、4番線が使われることなんてあるのでしょうか。藤城線ができる前は、大沼方面へ向かう下り列車もこの駅を通って峠を越えていたので、当時は蒸気機関車が客車も貨物も牽いていましたから、そのための補助機関車をここで連結するために駅には活気があったそうです。2番線に停車中のD52重連牽引の貨物列車の横目に、C62牽引D52後部補機の急行「大雪」が1番線を通過してゆく、そんな妄想に駆られます。雑誌「蒸気機関車」の中に、詳しい記事があったかもしれません。

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11:00 特急「北斗4号」
貨物列車を颯爽と追い抜くキハ183系
錆まくっている跨線橋の脚が痛々しいです。でも撮影にはとてもありがたいです。

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11:03 定刻、4092列車は重々しいエンジンを轟かせながら発車します。
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七飯方面もこんなに長閑でした。

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11:44 特急「スーパー北斗6号」

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12:15 4832D

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12:56 特急「北斗8号」
青スカートの貫通先頭車に、スラントの最後尾。「何じゃこりゃ!?」レベルの臨時編成。「とかち」編成だったようです。函館到着後は回送となって札幌へ走って行ったのを、長万部で撮影することができました。ヘッドマークは「HOKUTO」のまま、ありがたや~ありがたや~。

平成21(2009)年7月26日