ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

四国初上陸

何を思ったのか、3月の連休を使って四国へ向かいました。

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横浜から寝台特急「瀬戸」に乗車。初乗車ですが、最後の乗車でもありました。向かいの寝台の方とはお酒を飲みながら夜遅くまで話し込んでしまいました。

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時刻から考えると岡山駅のようです。

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で、終点の宇野駅でしょう。時刻表によれば5:54の到着。周囲はまだ真っ暗です。

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1便 宇野出航は6:04。乗り継ぎは非常によろしい。

「瀬戸」の車内で声を掛けていただいた方には非常によろしくして頂いたのですが(お陰で「瀬戸」の車内アナウンスを録音することはできませんでしたが)その後の宇高連絡船内でも、讃岐うどんをご馳走になったりしましたが、旅行から帰ってお礼の手紙を出そう出そうと思いつつも、ついつい面倒になって出さず仕舞となってしまいました。ご無礼を申し訳ありません、キクチさん。そしてありがとうございました。

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船には興味はありませんが、時間潰しにちょっとだけ。

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無事に高松に到着。ここでキクチさんと別れました。
助士席側の後部標識灯付近がへこんでいます。何かとぶつかったのでしょうか?スキャンして今頃になって気づきました。遅過ぎ~。この「南風1号」に乗車して土讃本線を南下します。

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やっぱりへこんでる。向こうにはキユニ26が。ちゃんと車両写真を撮っていたらなあ。

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阿波池田駅で下車し、普通列車に乗り換えます。
国鉄バス」ののりかえ案内が今みると泣けてきます。

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グーグルマップと見比べると駅舎は勿論ですが、跨線橋の位置も違いますね。何がどう変わったのでしょう。

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745Dに乗り換えます。北海道では見ることができないキハ47、近郊形気動車です。キハ47の両運転台バージョンも計画されたそうですが(キハ23のような車両)、便所の設置が困難だということで断念したそうです。

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高松駅で買った駅弁でしょうか。覚えていません。連絡船の中でウドンをご馳走になったので、本チャンの朝食は遅めです。

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三縄駅で急行「あしずり2号」と行き違い。2両目は一見キロ28ですが、四国では昭和55年10月に急行列車からグリーン車は廃止されて、キハ28形式5200番代に格下げされました。ただし、指定席車です。

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小歩危駅。この日の撮影は小歩危大歩危です。それにしても何とまあ険しい地形なんでしょう。北海道ではあまり見かけません。ここから大歩危に向かって歩いて行きます。

昭和59(1984)年3月16~17日