ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

帰省途上の函館駅で

この年の夏休みは、友人を連れて帰省しました。なので、鉄活動はほとんどなく、唯一、函館駅の列車乗り換え時の待ち合わせ時間だけ撮影してました。

青函連絡船を函館で降りて、札幌までの「北斗」に乗り換えるまでの間に撮影しました。いきなり見慣れぬ車両が目に飛び込んできました。
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この年の夏から、上野~函館間で運行された「MOTOトレイン」、ライダーご用達の列車です。上野~青森間は急行「八甲田」に連結されて、青森~函館間は青函連絡船で航送されました。ライダーは専用の寝台車に乗車していました。青函トンネル開業後は「八甲田」が青森~函館間で臨時の快速「海峡」となって、乗り換えなしで函館まで運転されました。夏限定の風物詩的な列車でした。

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控え車5両を間に挟み、DE10が連絡船から貨車を引き出しているところへ、特急「おおとり」が到着しました。

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長駆、網走からお疲れさまでした。
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食堂車のキシ80 37
最後の増備車となったこの車両だけは、窓の日除けにベネシアンブラインドを採用していました。581系583系電車と同じですね。

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スユニ50 510
この年に国鉄は郵便輸送、荷物輸送を廃止しました。そのため、郵便車・荷物車が大量に廃車されて、各地の駅構内などにその屍を晒すことになります。一部の車両は救援車の代用となりました。

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DE15 1
DE15のトップナンバーですが、番号の取り付け方が何とも強引。前頭車の連結器によって両側に弾き出されたといった風情。

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DE15 1006
この写真だけ別の日、帰省を終えて仕事場へと戻る時に撮影したものです。1000番代はエンジン出力増強型のSG搭載車。わずか6両だけのグループですが、北海道には他に旭川に1002号機が配置されていました。しかし、単線両頭化改造により2052号機に改番されました。冬には排雪作業に勤しむDE15ですが、雪のない時期でもこうして入換や貨物列車の牽引でこき使われておりました。


今年の札幌は初雪がまだです。例年だと10月20日過ぎには来るんですけどね。雪虫もまだ見ていないし。その代わり雨続きの天候で、ゆうべから今朝にかけても降りっぱなしです。まだ冬支度をな~んもしていないし、あ~面倒くせえ。