ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

七尾線で

写真撮影からビデオ撮影に軸足を移したことで、中版カメラはほとんど無稼働状態になっていました。ただ、どうしたことか七尾線の「SLときめき号」の撮影では持ち歩いており、SL列車以外のスナップ的写真を撮っています。

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10:25頃 能登中島←西岸 396D

多くの車が並んでいますが、この後にやってくる「SLときめき号」狙いのファンが待機しているところです。この時は雨がちの天気で、「SLときめき号」は風雨を連れてやって来るのですが、逃げ場のない私には待つ間が非常に寒くて辛かったものです。重連な上に煙の出も非常によかったのですが、撮影はド下手なので、YouTubeにはアップしていません。

平成3(1991)年2月10日

 

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09:45 能登鹿島→穴水 能登路1号

この場所には前年に続き訪れました。10匹ほどの犬に取り囲まれてめっちゃ吠えられた場所です。この日は犬はいませんでしたが、ここへ向かう途中の凍った坂道に足を滑らせて思いっきり転倒し、ケツをしこたま打ってしまいました。

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メインの撮影に使っていたビデオカメラ。SONYのCCD-V5000という、当時のHi8民生用カメラの中では最高画質などと謳われていました。肩乗せタイプで、一見、業務用っぽさが漂うスタイルなのですが、この時の撮影もド下手で、結構しょぼんです。

テープを巻き戻すとテープにキズが入るという不具合が生じるようになり、SONYに修理を依頼するも、症状が出ないという事でそのまま返されました。テープにキズが入り、画質にも不満があったので、このビデオカメラの稼働は1年半ほどと短かったです。というのも、この年の夏には業務用のベータカムSPが発売になったのを機に、ついに業務用機に手を出してしまったからです。C62 3復活により中版カメラ、ビデオカメラといった機材を揃え、ついには業務用ビデオの世界に足を踏み入れることとなるわけですが、VHSやベータマックス、8mmといった民生用ビデオフォーマットとは次元の違う映像美には感動したものです。

 

平成3(1991)年2月11日

 

あぶれ画像。

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昭和50(1975)年1月2日 鷲別駅

この日、初めて鷲別機関区を訪れました。この当時の鷲別駅は、上下のホームが100mくらい離れており、その間には東室蘭操車場への線路が何本も敷かれていました。写真に写る照明塔が操車場のものです。駅舎はそれぞれのホームにあって、両ホームは地下道で結ばれていました。目線の高さから考えて、手を上げてのノーファインダーで撮影したようです。