当時は運転区の敷地ギリギリまで立ち入っても何も言われませんでした。勿論、線路になんか入りませんよ。
カメラを持っていないようなので鉄ちゃんではないでしょう。国鉄職員だとしてもいささか軽はずみな構内横断に思えます。でも当時としてはこれが普通だったのかも。今の感覚で過去を批判するのも軽率ですね。
スロ54 507
グリーン帯を消されてグリーン車の貫禄がなくなってしまいましたが、冷房装置が特別な車両だと誇示しているようです。冷房装置AU13Aは後年装備したもので、その重量増を相殺するために台車をTR40BからTR23系に交換しました。台車を換装しても形式はそのまま。
スハ45 25
急行用スハ43系の北海道仕様車で、窓は当然二重窓です。
スハフ44 4
スハ45の緩急車。「C62ニセコ号」で乗車された方も多いでしょう。
スハフ44 5
オハネフ12 503
寝台側の側面になります。10系客車のうち、寝台車だけが北海道でも活躍しました。ナハネ10を緩急車化改造してナハネフ10となり、それを冷房化したのが本形式となります。重量増で「ナ」から「オ」になりました。
一方、オハネ12はナハネ11を冷房化改造を行った形式で、出自はオハネフ12とは異なります。500番代は北海道仕様車。
オロネ10 502
20系客車を思わせる、つるっつるの深い屋根が特徴です。10系座席車で開発された軽量化技術により20系客車が誕生し、それをもとにオロネ10が誕生しました。20系が特急用だったのに対して、オロネ10は急行向けの1等寝台車だったと言えるでしょう。これにより43系グループだったスロネ30が淘汰されました。500番代は北海道仕様車。
昭和55(1980)年6月29日 札幌運転区