ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

救援車とバッタリ

江差線で、残り少なくなったED79牽引の4092列車を渡島当別駅で見物していたら(機関車の番号を確認しようと思った)、踏切の警報音が鳴り出したので、慌てて車に戻りカメラを取り出しました。三脚をセットする余裕はないので手持ちです。現れたのは、青函トンネル用の救援車の回送列車でした。

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渡島当別駅
最初は何の列車か分からなかったのですが、とりあえず追いかけることにしました。単線区間なのでどこかで運転停車するだろうという期待からです。

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カメラをダッシュボードの上に載せ、カメラを回したまま追いかけました。減速してくれたお陰で茂辺地駅手前の漁港付近で追いつきました。この後、下りの「スーパー白鳥」がやって来るので、それを茂辺地駅で退避するのでしょう。茂辺地駅へ向かいます。

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予想通り、停車していました。久々に見る50系客車かも。

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「防災代用車両」となっています。救援機材を常備していないので「オエ」とか「スエ」にはならないのでしょうか。後で調べると、木古内駅に常駐し、定期的に車両を入れ替えているそうです。たまたま入れ替えの回送列車に巡り合ったということです。本州側では津軽今別駅(現 奥津軽いまべつ駅)に常駐していました。青函トンネル内で停電して列車がストップした場合には、DF200が救援に向かうという話を耳にしたことがあります。新幹線の連結器って形も取り付け位置も在来線のものとは違うでしょうから、アタッチメントを介在して連結するのかな?それとも片側だけ新幹線用の連結器を備えた控え車でもあるのでしょうか。

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江差線で自力走行するDLを見るなんて、マヤ検や散水列車以外では初めてです。

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それにしても北海道のDE10は旋回窓だらけで物々しいです。

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特急「スーパー白鳥95号」に追い抜かれました。撮影を終えるとすぐに駅を飛び出して撮影場所へ向かいます。

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上磯←矢不来(信)
他にも列車交換があると踏んでの行動だったのか、なんせ古い話なので覚えていませんが、何とか間に合いました。実際に救援車が出動するシーンを見たい気もしますが、そういう事態にならないことが一番ですね。

平成19(2007)年3月27日

今日は衆議院議員の選挙日です。どうせ政権が取れないからと夢物語の公約ばかり掲げるお花畑の野党とか、そのだらしない野党を前にやりたい放題のような与党とか、どちらもあまり信用できませんが、今より社会が悪くならないことを第一に考えた時、旧民主党政権時代の悪夢が脳裏をかすめるのです。いきなり八ッ場ダムで騒動起こした前原は、今回は民進党を引っ掻き回してグジャグジャにしちゃったね。騒動番長ですね。20世紀末には「天皇制反対!」と叫び、今は「戦争法反対!」などと、ありもしない法律を絶叫反対している政党は、あいかわらず気持ち悪い。滑稽ですらある。ウンコと一緒に下水に流してしまいたい。下水処理場が困るか。