ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

1984年夏休みの帰省

この年の夏の帰省では、普段とは違う経路で青森へ向かいました。
まずは大宮発7時ちょうどの「やまびこ11号」に乗車し終点の盛岡へ。

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盛岡駅在来線のホームで、暑い中にもかかわらず、熱いそばを食する乗客たち。見ているだけで、こっちも益々暑くなってきます。

盛岡からは11:33発の急行「よねしろ1号」で大館へ。花輪線経由の列車です。キハ58 454に乗車した模様。どうして大館へ向かってしまったのか、全く謎です。
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小坂鉄道 大館駅
久しぶりに訪れましたが、中には入りませんでした。駅舎の中も暑そうだったし。

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国鉄大館駅に戻り、駅舎の中にはこんなポスターが。鉄道車両は、車両の値段よりも高額な輸送費が大変です。勿論、車両を据えるための広い土地や線路も必要です。

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お盆休みで、どこかに行くところでしょうか。子供たちにとってはかけがえのない夏休み。お兄さんは大館15:22発の普通列車639列車で発ち、青森へ向かったんだよ。50系レッドトレインで、オハフ50 2452に乗車。639列車は秋田始発で、青森まで4時間51分かけて走ります。特急なら3時間かかりません。

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青森駅には17:32到着。ここで青函連絡船に乗り換えるわけですが、出航が19:25の157便、石狩丸です。時間があるのでしばし駅の構内をふらふら。おそらく夕食もここで摂ったのだと思います。

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青森18:06発の「あけぼの4号」は、秋田から奥羽本線回りで上野を目指します。まだ山形新幹線秋田新幹線もできる前です。食堂車こそありませんが、3往復が設定されておりました。他に夜行列車は急行「津軽」が1往復ありました。

石狩丸では、隣に座った(若くてかわいい)女性と色々と話し込み、函館からは夜行の普通列車に乗り継ぐというので、当初予定していた急行「すずらん59号」を止めて41列車に一緒に乗ることにしました。カーペットカーが連結されているのは知っていたので、そこで雑魚寝っちゅうわけです。備え付けの空気枕は早い者勝ちです。
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既出の写真ですが、スハフ44 101の全室カーペット車は人気があって、貧乏な若者たちに交じって、我々も狭っ苦しい車内で横になったのでありました。ええ、よこしまなことなど何もありませんでしたよ。
41列車は函館23:51発、札幌到着は翌朝6:47でした。41列車は荷物列車なので、札幌で客を降ろした後は、終点の苗穂まで運転されました。

昭和59(1984)年8月11日

三日ほど前、何かしらピピピと感じるものがあったのでアマゾンを覗いてみると、またまた1円本を発見し、数冊購入してしまいました。ついこの間まで1000円近くした本なのに一体どうしたことでしょう。嬉しいではありませんか。1円といっても送料が300円かかるので、実質301円なのですが、それでも十分に安い。いずれみんな到着したら、写真をアップしましょうか。今月もだいぶ古本を買ってしまいました。