ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

板谷駅

上野発の急行客車列車「ざおう57号」に乗車して米沢に到着したのは翌朝の5:29。9月も半ばを過ぎると、朝の冷気は涼しいというよりも寒いほどでした。ここで6:20発の422列車に乗車して板谷駅に到着したのは6:56でした。

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米沢駅 422列車 オハフ61の車内 朝日はまぶしいほどですが、外は寒い。

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板谷駅にも燦燦と朝陽が差しています。寒かったのでしっかりトイレで用を足しておきます。スイッチバック駅として有名ですが、初めて訪れました。この駅には力餅は売ってません。

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赤岩←板谷 422列車 ED78 6+EF71 15
乗車してきた列車です。折り返すために、到着から発車までたっぷり時間がかかるのです。上り本線からホームに進入→発車はバックで上下の本線を跨いで折り返し線に入る→折り返し線から下り本線を跨ぎ、上り本線に入って福島へ向かうってな感じで駅を発車してゆきました。

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7:05 425列車 EF71 14
今度は下り列車が本線から折り返し線に入ってきました。

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左の折り返し線は水平で、本線は36パーミル!の急こう配。真ん中の下り本線は上っており、右の上り本線は下っています。

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推進運転で上下の本線を跨いで駅のホームへ進入します。この時、おそらく車掌が誘導していたのではないでしょうか。あくまでも想像。

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板谷駅を発車した下り列車は上り本線を跨いでから下り本線に入り、峠駅を目指します。

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かつて、EF16やEF64、更に前にはE10や4110、4100などがこの急勾配を上り下りしていましたなあ。

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カーブの先から駅の方を振り返っています。相対的に、折り返し線が急な下り勾配に見えています。このまま線路伝いにトンネルの方まで行ってみました。

昭和59(1984)年9月22日