このブログを書くにあたり、なんせ記事の内容は古いものばかりなので、本当ならば全体を俯瞰して、記憶をしっかり呼び戻した上で前後の話に矛盾がないように記述すべきなのですが、性格上、不正確を承知の上で場当たり的に書いているので、その辺りは非常にいい加減だということをまずご理解頂きたいと思います。
で、早速ですが、昨日の記事に嘘偽りがありました。めんごめんご。
昨日の記事の1か月後、再び上京したのは間違いありませんでしたが、帰宅に利用したのは「北斗星1号」ではありませんでした。東北新幹線~「はつかり」~「スーパー北斗」の利用でした。でなけりゃ、盛岡駅で写真を撮るわけがありません。
花輪線用のキハ52。赤い顔ですが、白い顔のバージョンもありました。北海道には縁のない形式ですが、もし北海道に配置されていれば、積雪時にわざわざ非力なキハ22を2連で運転しなくても済んだのにとつくづく思うのです。
こちらも北海道には縁のない701系電車。客車列車置き換えのために開発されましたが、形式番号からも明らかなように通勤形の電車なので、旅行客からは非常に評判が悪かったです。ロングシートなので車窓は楽しめないし弁当も食えない。でも酔っ払いが寝るにはいいベッドになって、車庫まで乗っけてもらえたかも。
客車が留置されていたので、番号集めに精を出します。
オハフ50 2201
オハ50 2233
オハフ50 2358
オハ50 2234
オハフ50 2357
他にも撮っていますが、しつこいので止めておきます。それに、使ったカメラは安物のコンパクトカメラなので、写りが悪い。
ED75 1037
よく見たら、両機ともパンタグラフを下ろしています。発車したシーンかと、ついさっきまで思い込んでいました。
貨物機の更新色には幾つかバリエーションがありました。それだけ、いい塗色がなかったということでしょうか。
ED75 758
JR東日本の機関車が貨物列車を牽引しています。
急行「陸中」 キハ110系
花巻から釜石線に入る釜石行きの急行列車。急行列車自体が希少な存在になっていた時期だけに、貴重な姿なのでしょうけれど、撮影した時にはそういう意識は微塵もありませんでした。決して心にグッとくるデザインではありませんが、北海道では見られない形式なので一応撮っておいただけというのが本音です。角ばったデザインはキハ150と共通ですね。
平成6(1994)年12月12日 盛岡駅