ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

関東鉄道常総線

会社の同期で川島という年下の男がいました。で、「川島駅に行ってみようぜ」と彼を呼び出して水戸線川島駅へ行きました。

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上野から東北本線に乗車し、小山で乗り換えてやってきました。割と大きな駅だったので意外でした。ま、確かに川島は私よりも背が大きかったですが。

駅を出て街中を散策。駅名は川島ですが、街は下館市。しかし平成の大合併で現在は筑西市に。「川島」と名前のある電話ボックス、町内地図、郵便局などを探しては記念写真に興じました。1時間ほどで散策を終えて駅に戻り、ここからは私の鉄分を彼に浴びせます。お隣の下館から関東鉄道常総線に乗ろうという企てです。

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下館駅。素朴な作りが中小私鉄といったオーラが出ています。広告がなかなか派手で、収益増収への懸命さが伺えます。

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手書きの時刻表が味わい深いです。剥がれている番線表記の紙が憂いを誘います。常磐線の取手に出たいのですが、あまり列車本数はありません。

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おそらく水海道駅でしょう。多くの車両が留置されているのは水海道機関区かと。今は車両基地が移設されて駅構内はこんなに広々していません。「水海道」は今日の今まで「みずかいどう」って読んでいました。「みつかいどう」なんですね。恥ずかしい。そして例によって、もうこの辺りから先は写真を撮っていないこともあって、記憶にもありません。

その川島ですが、私より8歳も年下のくせに、10年ほど前に鬼籍に入(い)ってしまいました。なので、こちらが年々ジジ臭く変わり果てているというのに、ヤツは永遠に若造のままです。ずるいじゃないか、川島よ。

昭和58(1983)年3月26日