ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

甲府を発って

この日の最大の目的は小海線の乗車でした。「高原のポニー」の愛称を持つC56が古くから活躍した路線であり、その沿線風景を是非見たいと思っていました。甲府からの列車を小淵沢で下車し乗り換えます。

イメージ 1
ちょいとあんたさあ、せっかく駅名標を撮るんだったら、小海線のものも撮らんとあかんでしょうが。詰めの甘さはどうにもなりません。

イメージ 2
07:27発の229D、キハ52 101に乗車しました。この列車は小海線の終点、小諸を過ぎて上田まで運転されます。信越本線を走る貴重な気動車列車です。逆方向である上田発の小海線列車は更に上手で、小淵沢を通り越し、中央本線上諏訪まで行っちゃう不思議な列車です。電車ばかりの中にポツンと気動車。需要があるから設定されたのか、それとも車両運用の都合で設定しちゃったのか、まこと不思議な列車です。

イメージ 3
国鉄最高駅 野辺山 標高一三四五.六七米」と書かれた標柱が立つ野辺山駅。開業当初はモダンな駅舎が話題になったとか。本島三良さんの写真集「汽車 半世紀」などでその当時の写真が見られます。発売当時は高価な写真集でしたが、今ではヤフオクで比較的安価に入手できます。
手前に車内放送の生録に使ったマイクがボケて写っています。ローカル線だから空いてるべと甘く考えていました。若者たちが大勢乗車し、車内はとても賑やか。おまけにキハ52は勾配区間で2台ものエンジンを唸らせるものだから、車内アナウンスはさっぱり聞こえません。更に、前日からのどんより天気は一向に快方へと向かう気配もなく、楽しみにしていた沿線風景もパッとせず、すっかり意気消沈して眠りこけてばかりおった次第です。つか、マイクを置くのはそこじゃなく、スピーカーの近くじゃろ。

イメージ 4
途中で行き違いした列車だったかどうだったか。
結局、小海線らしい写真は1枚も撮ることなく上田まで完乗しました。というか、本当に移動しただけ。

イメージ 5
お世話になりました、キハ52 101。前面補強が相模線のキハ30のようであります。ちょび髭に見えなくない。

イメージ 6
信越本線の貨物列車は碓氷峠の急勾配に対応したEF62。新性能電気機関車としては唯一の3軸台車を履きます。軽量化を目的としたものだとか。
上田ではL特急「あさま3号」に乗り換え長野へ向かいました。

イメージ 7

イメージ 9
L特急「しなの1号」折り返しの「しなの8号」でしょうか。乗車した「あさま」は撮っていません。381系「しなの」は189系「あさま」や183系「あずさ」と顔を合わせます。

イメージ 8
排雪用に改造されたDD16の300番代。旋回窓が物々しいです。

イメージ 10
急行「信州1号」くずれの2321Mでしょうか。元、サロ165-43。
169系は全てが新製車ではなく、サロ169とサハシ169は、それぞれサロ165、サハシ153からの改造車でした。

イメージ 11
飯山線の143D。お昼も回り、この列車で飯山線を全線走破します。3時間40分の旅になります。お昼に何を食べたのか、全く覚えていません。

昭和58(1983)年7月16日