ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

初ビデオ撮影

初めてのビデオ撮影。試し撮りすることもなく、いきなりの実践でした。まだ写真機との併用で、ガチガチのビデオ撮りではなく、オート機能を使いまくってのお気楽なものでした。まあ、舐めてかかっていたというか。その最初の舞台となったのは陸羽西線。あまり話題にのぼることもない路線でしたが、まだ撮影に訪れたことがないだけに、最上川と絡めて何かいい絵が撮れるのではないかという漠然とした期待感だけはありました。

キハ40形式500番代の初期車です。窓割がその後の量産車とは異なります。
L特急「つばさ」で新庄に到着し、ここから陸羽西線に入りました。新庄駅ではビデオ撮影の手初めとして上りの「つばさ」を撮影。初めてだけあって、めっちゃ下手くそです。ビデオ撮影の基本なんてナンも知らないのだから、下手で当然といえば当然。

さて、陸羽西線の最初の訪問地は羽前前波。どうしてこの駅を選んだのかは全く記憶にありません。最上川からは離れているし。ただ、最上川の支流である升形川は近くを流れています。
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羽前前波駅は、山に囲まれた農村にあります。駅は勿論、無人。駅舎はなく、棒線のホームに待合室があるだけです。

駅の南側の山には送電線が走っており、多少の不安を抱えながらも何かに導かれるように山に入ると、さほど苦労もせずに、駅を俯瞰できる場所に辿り着きました。ラッキ~💛まずはビデオと645で撮影しました。結構、気を遣って撮影したビデオでしたが、結果はやはりド下手。変にズームを弄り過ぎる一方で、肝心なところで弄っていない。

次の列車まで1時間以上もあったので移動することにしました。送電塔を結んでいると思われる獣道を伝って升形方面に移動すると、もっとすっきり見下ろせる送電塔の足元にやってきました。
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645が乗っかった写真用三脚とビデオのマイク用三脚。ビデオカメラはしまったまま。くねっている細い川が升形川です。紅葉はまばら。ここでは35mm、645、ビデオカメラの3台がフルに活躍しました。

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13:23 羽前前波←升形 131D

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13:46 羽前前波→升形 130D
少し移動しています。

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14:18 羽前前波→升形 2132D
ローカル線とはいえ、およそ3時間半の間に7本もの列車がやってきたので、3台のカメラでそれぞれ手を変え品を変え、色々と撮影しました。天気こそパッとしませんでしたが、それなりに秋の俯瞰風景が撮れたことに満足して、陽のあるうちに撤収し、その晩の宿となる酒田へ向かったのでした。

平成元(1989)年10月7日

Hi8はS-VHSに比べてダビング時の画質が上というのが選定理由のひとつだったのですが、実際に自分の目で見る限り、それは全くの嘘でした。Hi8はザラザラ感たっぷりといった印象です。加えて、繰り返し再生では、明らかにHi8の方がテープへのダメージが大きかったです。つまり編集に弱い。編集時には何度も再生することがありますから。厚みのある60分テープの方が薄い120分テープよりも丈夫ということも全くありませんし、業務用のテープだから安心ということもありませんでした。とにかく、画質云々よりも耐久性に欠けるフォーマットでした。
また、当時は全く分かる筈などありませんが、経年劣化はHi8がダントツでした。再生不良のテープが何本も現れ、ちゃんと再生できる機材はないものかと、ネットの噂を頼りにヤフオクで何台ものビデオカメラやビデオデッキを落札したものです。結果的には、特定機種のデジタル8のビデオカメラでそこそこ無難に再生できましたが、それまでの間にテープを傷めてしまったものが何本かあります。Hi8は耐久性に加えて保存性もダメだったわけです。しかも、値の張る高級テープほどダメだっただけに、Hi8への落胆は大きいものでした。おなじ8mmビデオでも、ノーマル8のテープは結構頑丈で、再生不良も経年劣化もあまり起こっていないのは不思議です。