ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

D51 512

田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。

昭和47(1972)年5月22日 新津機関区

車歴は↓こちら。

http://d51498.com/db/D51/D51512

長野工場担当機の特徴がどこまでなのかは分かりませんが、外観上の特徴が幾つも見られます。

前照灯下の「架線注意」札の貼り付け位置が、501号機と同じ右寄り(向かって左寄り)。

エプロン無しは、原設計のまま。D51とC58のみに設置された蒸気排気管カバー(缶胴とランボードとの接触部にあるカバー)も原設計のまま残されています。長野工場の他、大宮、後藤、多度津の各工場担当機も、このカバーは残していたようです。因みに北海道機はC58も含めて全部撤去していました。

除煙板の裏補強に一部アングル材を使用。その除煙板上端には吊環2個取付。このタイプのものは初めて見たような気がします。

連結器横のホースは、担いバネカバーの中を潜って先台車の奥に入り込んでいます。SG用の物にしては妙な構造のような。

先輪はディスクタイプに交換されています。

給水温め器が載る煙室上部の切り欠きは、かなりざっくりと大きめなもの。

キャブ屋根は延長。キャブ側面の製造銘板と換算重量標が外されているのは残念。盗難防止のために外すケースもあったとか。

炭水車前端側面には検水管。こんな場所に設置するのは珍しいでしょう。水位を示す目盛りが不均等なのが面白いです。

炭水車上には重油タンクが載ります。車歴表には680リッターとありますが、それはドーム後方に設置するA型であり、炭水車上のものはB型の1500リッターです(一部、3000リッターのものもあります。)

炭水車背面に目を移すと梯子が目につきます。オリジナルのステップを梯子状にしたものではなく、完全に梯子です。向かって左側の入換用のステップでは、コの字型の足掛けに代えてプレート踏段としています。このような構造はD51では初見のような気がします。

もっと目を凝らせば、他にも色々と特徴が見つかるかもしれません。

 

新発田市に保存されており、詳細は下記のサイトをご覧下さい。

https://c5793.ebo-shi.com/hozond51512.html