2024-09-01から1ヶ月間の記事一覧
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和43(1968)年12月23日 鹿ノ谷機関区 薄暗く狭い車庫内でよくぞ撮影してくれました。 12号機では回転式火の粉止めが付いていたので煙突には「ツバ」があるように見えましたが、13号機では…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 細身の缶胴とランボードからフロントデッキにかけての形状は8620を彷彿とさせます。21形(21~28号機)が増備されるまでは平和での補機運用をこなしていたので、連結器の解錠装置を装備してい…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和43(1968)年12月25日 鹿ノ谷機関区 昭和49(1974)年7月 鹿ノ谷機関区 元国鉄49650。長岡第一機関区で廃車後、夕張鉄道に譲渡された機関車です。どういう理由からか、改造を受けて独特…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和49(1974)年7月 鹿ノ谷機関区 元国鉄49636。こちらも26号機と同じく、大宮工場担当機だったことが伺えます。キャブ屋根後方に小型の屋根のようなものが見えます。散水装置と関係がある…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和47(1972)年8月 鹿ノ谷機関区 昭和49(1974)年7月 鹿ノ谷機関区 元国鉄29674。スノープラウの昇降機装備。化粧煙突は原型のままで、蒸気ドームは嵩上げ済。煙室戸の十字ハンドルに国…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和43(1968)年12月25日 鹿ノ谷機関区 元国鉄49694。キャブ屋根付近までホースが伸びており、そこで何やら作業中です。除煙板上部ステーは正面から見ると21号機同様、「ハ」の字型で取り付…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和43(1968)年12月25日 鹿ノ谷機関区 翌年、北炭真谷地専用線に譲渡されます。 昭和47(1972)年8月 真谷地 元国鉄9645。先に移譲されていた22号機とともに北炭真谷地専用線で活躍しまし…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和45(1970)年9月 呼人→網走 大宮区から異動となり、最後の2年間足らずを北見区で過ごした機関車です。煙室戸の十字ハンドルが大宮区所属機だった名残になります。また蒸気ドームは嵩上…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和43(1968)年12月25日 鹿ノ谷機関区 元国鉄の9614です。最初期車18輌のうちの1輌で、キャブ裾がS字を描いているのが特徴です。登場時は御殿場線(当時は東海道本線)箱根越えの補機と…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 撮影日不明 北炭真谷地 元国鉄9682で昭和23(1948)年、夕張鉄道に譲渡されました。柄の長い十字ハンドルが特徴的。パイプ煙突に除煙板は幾分低めのものでキャブ側窓は2枚。解放テコは前後…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和47(1972)年3月 鹿ノ谷機関区 昭和49(1974)年7月 鹿ノ谷機関区 夕張鉄道にはキューロクが8輌在籍し、うち7輌が国鉄からの譲渡機で、この21号機だけは自社発注されたものです。キ…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和47(1972)年3月5日 後藤寺機関区 キューロクのラストナンバーです。炭水車の番号板だけ、ローマン書体の形式入りだったそうです。車籍だけについて云えば、79670以降のナンバーも存…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和45(1970)年11月 湧網線 全検上がりでゼブラもくっきり。格調高い形式入り番号板は正面だけのようです。前照灯はLP42。キャブ側窓が2枚になっているのに驚かされます。 炭水車が特徴…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和42(1967)年8月6日 苗穂機関区 室蘭機関区時代の79611です。検査か整備のために苗穂へやって来ていたのでしょうか。妙にテカって綺麗なので。入換専用機なのにゼブラ模様がありませ…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和47(1972)年6月14日 旭川機関区 北海道のキューロクとしては標準的な姿でしょう。繰り返しになるのでいちいち説明はしませんが。煙室戸や前端梁にあったであろうゼブラ模様は煤に埋も…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和41(1966)年9月21日 岡山機関区 炭水車の安全十字マークから岡山区であることが分かります。 形式入り番号板は正面だけでしょうか。煙室戸の煤け具合は北海道機を思わせます。解放テ…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和42(1967)年6月11日 若松機関区 門デフ装着前の姿です。門デフの装着は唐津区へ移籍してからのことのようです。 円筒状の給砂口が砂箱ドームから飛び出しています。39641、39679、396…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和45(1970)年9月1日 直方機関区 以前は門デフを装備していたようです。79602みたいだったのかな。除煙板撤去といい片側タイプの解放テコといい、入換専用機と思ってしまいます。 煙室…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和42(1967)年7月14日 新鶴見操車場? 車歴表によれば所属は長町機関区。その機関車が新鶴見で入換をするでしょうか?メモミスかもしれません。 ま、それはそれとして、ゴチック書体な…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和43(1968)年8月18日 門司機関区 シリンダカバーだけが妙にテカってます。修繕でもしたのでしょうか。 門司区の入換専用機ということですが、それらしい部分は見当たりません。煙突の…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和41(1966)年9月21日 岡山機関区 前回の69653と同じ日の撮影ですが、こちらはまごうことなき入換専用機らしい姿です。形式入りではないのにローマン書体の番号板が目を引きます。6カ…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和41(1966)年9月21日 岡山機関区 岡山区で入換専用機だった時代ですが、この頃はまだ岡山区仕様にはなっていませんね。すなわち、煙室戸と前端梁の逆V字型ゼブラ模様、並びに炭水車側…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和44(1969)年8月10日 常紋信号場付近 いきなりお尻からですが、常紋峠で後ろから列車を押し上げています。 昭和45(1970)年8月 湧網線 昭和45(1970)年8月8日 湧網線 昭和46(197…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和42(1967)年3月27日 稲沢第一機関区 入換専用機らしく、フロントには全幅手摺が設置されています。そしてこの手摺もゼブラに塗装されています。芸が細かい。 パイプ煙突は化粧煙突よ…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和43(1968)年6月2日 直江津機関区 スキャナのミスにより、上部が切れています。頼むでEPSON。 3回連続で炭水車だけの画像で恐縮です。しかしこの炭水車、梯子とステップが特徴的で、…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和43(1968)年3月17日 直方機関区 後ろ姿の画像しかありません。 ローマン書体の形式入り番号板は、やはりいいものですね。多めのリベットが古さを強調しています。 灯具掛けが3カ所も…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和43(1968)年3月17日 直方機関区 車歴は↓こちら。 http://d51498.com/db/9600/69627 一般的な九州機の特徴以外に、固有の特徴は見当たりません。ただ、後部の吊りピースは北海道機のキ…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 昭和47(1972)年6月18日 鷲別機関区 鷲別区の入換専用機です。炭水車は3面がゼブラ模様。 逆向きで牽引するのはラッセル車のキ550形式でしょうか。 炭水車のステップは、左右とも設置さ…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 既出のナンバーですが、別の日に撮影した画像が出てきましたので、比較のため再掲載します。 昭和43(1968)年3月 大分運転所? 既出ですが、再掲載します。 で、今回新たに掲載するのがこ…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。 撮影日不明 撮影場所不明 所属は岩見沢第一機関区なので、この場所も岩見沢でしょう。どの場所かは分かりませんが、操車場でしょうか。サイドステップはオリジナルのままで、北海道仕様には…