2024-11-01から1ヶ月間の記事一覧
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年12月30日 長野工場 メインの192号機に対して214号機はおまけのように写っていますが、両機とも煙突に四角い板を載せており、廃車かなと思いましたが、車歴表ではどちらも廃車…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年12月27日 上諏訪駅 入換専用機ながら、トラ塗未施工の姿です。炭庫はかさ上げされています。171号機と云うとついC11の方を思い出してしまいますが、C12はC11より全長が130cm…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和43(1968)年6月4日 宇和島機関区 四国は他の地区に先駆けて無煙化を達成したため、蒸機の写真記録は少なめです。またその輸送需要から在籍した形式は8620、C11、C12、C58といった全国…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年6月15日 奈良運転所 この頃、専ら入換専用であり、本選運用は持っていなかったようです。しかし前端梁の下に沿う暖房管は旅客運用を行っていた時の名残でしょうか。車歴表を…
matuno kura が撮影したものではない画像の転載はご遠慮下さい。 撮影日・撮影場所不明 昭和45(1970)年頃か 何やらタイ国の森林の中を思わせる場所です。苗穂工場の入換専用機を最後に廃車されたのが昭和44(1969)年、札幌の円山動物園に保存されたのが翌…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年3月15日 直方機関区 ほぼ3次型同様の姿に改装されています。しかし串刺し煙突はそのまま。フロントデッキ手摺の頂部は球形ではなく扁平です。3次型の一部(147、160号機な…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和44(1969)年2月3日 吹田第一機関区 昭和46(1971)年3月17日 姫路駅 吹田一区時代と姫路一区時代の画像になります。両者で外観的差異はないように見えます。ま、後部標識灯の設置位置…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年3月19日 浜川崎機関区 串刺し煙突以外はほぼ標準化改装がなされており、煙室戸の十字ハンドルが表情を引き締めています。先輪がディスクタイプなら、動輪もC58のボックスに…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和43(1968)年6月30日 高崎第一機関区 スキャンミスです。自動で読み取りさせた時に起こります。細身な画像ですが、黒味を切り抜くとこんなんなりました。 ネット上に画像が上がっていな…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和45(1970)年5月28日 上井(あげい)駅(現 倉吉駅) 倉吉線(昭和60(1985)年廃線)の貨物列車でしょうか。この当時、倉吉線の倉吉駅は上井駅から二つ目の駅であり、この2年後に上井…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和43(1968)年2月21日 門司駅 北九州地区にこの雪。珍しいとはいえ、機関車のディテールがなんも見えへんやないの。340号機が牽引するのは日田彦山線の客車でしょうか。ネット上のほかの…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和41(1966)年6月23日 広島機関区 前回の328号機の姉妹機にあたり、ディテールに共通点があります。解放てこは、取っ手が返しのないストレートとなっているのも共通ですが、これも戦時型…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和43(1968)年2月2日 広島機関区 宇品線(昭和61(1986)年廃止)で活躍していたのでしょうか。スノープラウ装着にあたりサイドステップは撤去しています。そのスノープラウはステップ付…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 撮影日不明 米沢機関区 煙突にはカバーが掛けられ休車状態なので、廃車となる昭和47(1972)年以前の撮影と思われます。ご存じの通り325号機は真岡鐵道で復活し(この時、かまぼこドームは標…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年4月17日 加古川か? 吹田第一機関区所属の316号機は福知山線の運用に就いていたようですが、加古川に居るのはちょっと疑問です。メモミスかもしれません。回転火の粉止めを…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年6月12日 姫路駅 314号機は典型的な戦時型です。煙突も串刺しタイプだし。重連の次位は何号機なんでしょう。3次型でしょうか。ドームが丸いです。サイドタンクの揺動防止装…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和48(1973)年11月29日 撮影場所不明 駅構内に接する崖はコンクリートで固められ、その上には道路が走る、という地形的に特徴ある駅なのですが、ここは一体どこなのでしょう。戦後生まれの…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和41(1966)年4月25日 姫路駅 昭和45(1970)年6月12日 姫路駅 昭和45(1970)年6月17日 姫新線か播但線のどこか 後部連結器上方に点検口とその扉があります。大き目の後部排障器と共に…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和45(1970)年4月23日 直方機関区 他ブログに掲載された昭和42(1967)年時の画像を見ると、先輪はスポークタイプです。なので、その後にディスクタイプに交換されたことになりますが、落…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 令和6(2024)年9月11日 津山駅北口広場 過去記事で既出のナンバーですが、その過去記事が検索になかなか引っ掛からないのでここで新たに書くことにします。内容がダブっている点はご容赦を…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年9月8日 直方機関区 煙室戸周りの小型手摺、かまぼこドームなどが目につきます。キャブ前窓の庇はほぼ直線的。除煙板の上部ステーは細めの折れタイプで、戦時型によく見られ…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和44(1969)年9月28日 姫路第一機関区 縁もゆかりもありませんが、新橋駅西口のSL広場に静態保存されている機関車で、場所柄、日本で一番人目に触れている蒸気機関車と云えるでしょう。そ…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和44(1969)年8月12日 苫小牧駅 苫小牧機関支区に配置され、日高本線の運用にあたっていました。昭和38(1963)年までは富内線の運用もありました。二つ目仕様は霧の多い海岸沿いを走る日…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和44(1969)年11月17日 姫路第一機関区 煙室戸周りの短い手摺、そしてちらっと見えるかまぼこドーム。前回の271号機ほどではありませんが戦時型の香りが漂います。左右のサイドタンクは揺…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和43(1968)年3月31日 米子機関区 戦時型を色濃く残しています。除煙板は木製部分を鋼板に変えたに過ぎず、二つのかまぼこドームはそのままとしています。木製だったランボードや番号板は…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年9月8日 直方機関区 266号機は宇部鉄道が発注した機関車ですが(ナンバー不明)、同様に267号機は樺太庁鉄道発注の機関車でした(ナンバー不明)。両鉄道とも製造中に国有化…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和45(1970)年12月14日 岡山機関区 2枚の画像ですが、撮影位置が異なるのはいいとしても、機関車の外観が違うように見えるのは気のせいでしょうか。だとすれば、両者は撮影日が異なるかも…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 撮影日不明 米沢機関区 廃車前提の休車のように見えます。煙突にはカバーがなされ、火の気がありません。シールドビームの前照灯2灯、点検口開き除煙板、煙突後ろの消音器の短い排気管などは…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和46(1971)年 小牛田運転区 小牛田運転区のC11は石巻線、陸羽東線で運用されていました。C11の後方に位置するC58はお馴染み陸羽東線での活躍です。ディテールは会津若松区の236号機と似て…
matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和43(1968)年9月23日 会津若松運転区 会津若松区のC11は会津線や日中線で客貨運用に活躍しました。ここのC11の特徴なのか定かではありませんが、キャブ出入り台の手摺が縦樋を兼ねており…