田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。
昭和32(1957)年3月5日 飛騨小坂~渚
豪雨に伴い線路へ落石。そこに乗り上げた機関車が脱線。もしも反対側に倒れていれば、10m以上も下を走る県道へ落下し、大惨事になっていたかもしれません。後方の操重車(稲沢機関区)が今まさにクレーンで機関車を吊り上げ、立て直ししようとしています。(炭水車は撤去済のようです。)この10年後にはほぼ同じ場所で、キハ58系の上り急行「こがね」が類似の事故により12両編成のうち6輌もが脱線していますが、やはり道路へ落ちずに済んでいます。
煙室下のエプロン、向かって右側が型崩れ?を起こしています。
昭和42(1967)年10月22日 高山機関区
「汽車會社」のメーカーズプレートが燦然と輝いています。10年前の脱線事故では、こちら側のキャブが擁壁にしなだれかかる格好になっていました。
昭和43(1968)年9月28日 高山機関区
1年後の姿になりますが、くるくるぱーと後部標識灯が外された以外、特に変化はないようです。あ、先輪すぐ前にある筈の排障器がなくなっている。
車歴は↓こちら。