ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

2024-12-01から1ヶ月間の記事一覧

C50 121

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年3月20日 柳井機関区 広島機関区の機関車なので、柳井区には廃車前提の休車疎開をしていたのでしょうか。後ろにもC50の姿があります。主連棒などのロッド類が抜かれ侘しい姿…

C50 118

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年5月25日 行橋機関区 デッキ部の下部が蝶番で折れる構造になっている除煙板を装着しています。しかし実際にここが折れている姿は見たことがありませんし、前端はリブで補強し…

C50 116

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和44(1969)年3月5日 竜華機関区 和歌山区からここ竜華区へ転属して8か月ほどで、今度は慌ただしく平区へ異動となるちょっと前の姿になります。中型機であるC50も、アングルによっては…

C50 115

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和40(1965)年5月11日 和歌山機関区 110号機、113号機に続き、またまた形式入り番号板装着機です。113号機と雰囲気は似ていますが日本車輛製で115号機は三菱製。(110号機は日立製。)煙…

C50 113

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年5月18日 柳井機関区 前回の110号機に続く形式入り番号板ですが、製造メーカーが異なるせいか110号機よりも少し高い位置にあるので表情がちょっと異なります。C50はボイラー…

C50 110

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 全体像の写真が出てきたので再登場です。 昭和43(1968)年5月21日 小山機関区 形式入り番号板を装着した有名な機関車なので画像はネット上にいくらでもアップされているだろうと思いました…

C50 106再び

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 全体像の写真が出てきたので再登場です。 昭和43(1968)年1月14日 小山機関区 除煙板と給水ポンプ、炭水車には増炭枠を装備、本線運用を持つC50の姿です。本線を走る割には「架線注意」札は…

C50 103

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 令和6(2024)年4月11日 南相馬市博物館 平機関区を最後に引退し、地元で保存されています。入換専用機ながら現役時は補助灯を設置し、前照灯よりも高い位置で存在感がありありでした。また…

C50 88再び

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 過去記事で既出のナンバーですが、新たな写真が見つかりました。 昭和42(1967)年5月18日 糸崎機関区 煙室戸周りの手摺は短めです。同僚の85号機とは異なりゼブラはV字型。 撮影日不明 糸崎…

C50 86

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和41(1966)年11月8日 小郡機関区か? 撮影場所はメモミスかもしれません。外観からも分かるように配置は広島機関区です。廃車1年前の姿ですが、すでに休止となっているようで、主連棒な…

C50 85

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年5月18日 糸崎機関区 昭和43(1968)年1月19日 糸崎機関区 似た角度で撮影された2枚の画像ですが、どちらか1枚を選択するには甲乙つけがたかったので2枚ともアップしまし…

C50 66再び

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年3月19日 広島運転所 前回の記事は後期型の82号機でしたが、また前期型に逆戻りです。過去記事で一度紹介した66号機ですが、廃車直前の姿とは対照的な画像が出てきたので、改…

C50 82

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 撮影日不明 糸崎機関区 メモには行橋機関区とあったのですが、車歴表や外観からして糸崎機関区だと思われます。逆V字のゼブラ、煙突上の覆い(火の粉止め)、元空気溜めのカバー、非公式側の…

C50 57

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年9月29日 防府付近柳井機関区所属で入換専用機ながら、防府(ほうふ)付近(山陽本線)を走行しています。駅の入換でもやっていたのでしょうか。電化区間を走行していますが…

C50 52

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年1月14日 小山機関区 久々に見た気がする除煙板付きのC50。両毛線の運用を持つ機関車だけのことはあります。なので給水ポンプも装備。油ポンプ箱を非公式側に移設した関係で…

C50 42

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和43(1968)年1月14日 塩尻駅 給炭台が見えます。かつて塩尻には松本機関区塩尻支区(後の松本運転所塩尻支所)が存在しC50も配置されていましたので、その時の施設をそのまま使用してい…

C50 38

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年5月18日 広島機関区 21号機に続く広島区のC50です。番号板の少し間延び気味のナンバー配列が特徴的でしょうか。威風堂々とC50×2+EF58の三重連の先頭に立っています(笑)…

C50 36

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年12月28日 塩尻駅 車歴表にもある通り、所属は上諏訪機関区ながらも塩尻駅に常駐して入換仕業にあたっていたようです。上諏訪区のC50ってあんまり聞いたことがないな~と思っ…

C50 24

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年5月31日 和歌山機関区 8620の改良増備として量産されたC50は、登場時こそ区間快速列車や軽貨物列車の牽引に活躍しましたが、先輪の脱線事故が多発したり軸重が8620よりも大…

C50 21

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年5月18日 広島機関区 8620と基本寸法はほぼ同じですが、ランボードが8620よりも高い位置に設定されているため足回りが開放的であり、軽快感があります。動輪径も8620と同じ16…

C50 17

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年5月31日 紀伊田辺機関区 戦後、吹田機関区、梅小路機関区、紀伊田辺機関区と転属し、いずれの機関区でも入換専用機として目立たない存在だったようです。画像の客車牽引も旅…

C12 285

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年11月29日 小郡機関区 生え抜きの小郡っこです。入換専用機とのことですが、ATSを装備し暖房管が前部へ引き通されているので、かつては本線運用もこなしていたのでしょう。そ…

C12 252

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和47(1972)年頃 阿蘇下田駅 高森駅へ向かう下り混合125列車と思われます。昭和47年3月の時刻表を見ると6往復中4往復が客車列車、2往復が気動車列車となっています。九州機らしく炭水…

C12 233

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年1月14日 小山機関区 小山機関区の蒸機と云えばC50が有名だったように思いますが、本線運用ではC12が真岡線(現 真岡鐡道)で貨物輸送に気を吐いていました。機芸出版社のTMS…

C12 231

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和44(1969)年9月27日 宇和島機関区 この半年後に四国蒸機の終焉を飾った機関車の1輌です。増炭枠が嵩上げされた以外、これといった改造箇所は見当たりません。幾つかのパイプを白いテー…

C12 226

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和41(1966)年9月21日 岡山機関区 車歴表によれば据付ボイラー代用車となっていますが、ロッド類はちゃんと取り付けられ自力走行できる状態であり、入換に使用されております。入換と云っ…

C12 219

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年1月13日 厚狭機関区 厚狭区のC12は宇部線の貨物運用と入換の仕業に就いていました。暖房管が前端梁下面まで引き通されているのは客車運用をこなしていた頃の名残でしょうか…

改めてC12 214

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年12月30日 長野工場 192号機の記事で一緒に触れましたが、ちゃんとした写真のあることを見落としていましたので、ここに改めてご紹介させていただきます。 入換専用機ながら白…

C12 208

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年11月9日 鹿児島機関区 香椎機関区から異動して間もないころの姿です。おでこの「架線注意」札が「熱さまシート」っぽく見えます。サイドタンク前端に載っかる丸い穴の開いた…

C12 206

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。 昭和42(1967)年10月5日 水戸機関区 撮影日・撮影場所不明 2枚の画像を見比べると3点ほど違いが見られます。ひとつは回転式火の粉止めのお皿の有無。お皿の無いほうが新しいと想像できま…