10年前の初秋、
財政破綻した
夕張市を応援しようと、その前の年に引き続き
JR北海道は「SL夕張応援号」を運転しました。追分~夕張間で
臨時運行されたものですが、この
区間のうち
新夕張~夕張間の通称夕張支線が来年の3月31日をもって廃止されることが決定されました。かつては、ヤマから石炭を運び出して大いに賑わった路線でしたが、炭鉱の閉山は町の姿を大きく変え、それは鉄道輸送にも大きな影響を与えました。
蒸気機関車による石炭輸送の最後の姿を見ることのできたあの頃を偲んで、ビデオカメラを回しました。C11が先頭に立ったのは
新夕張から夕張までの片道のみでした。
追分駅 駅長が往時のコスプレで回送列車の入線を迎えます。
追分駅 追分機関区のOBの方々でしょうか。ナッパ服に身を包む姿に、機関士としての誇りを感じます。機関車を運転するのは、やはり運転士より機関士の呼び名の方がしっくりきます。
新夕張→沼ノ沢 夕張川を渡ります。
蒸気機関車終焉の頃、まだこのコン
クリート橋はなく、手前の少し低い位置にガーダー橋が架けられていました。
沼ノ沢駅のホーム端から
新夕張側の踏切を狙います。かつては真谷地
専用線の引き込み線が夕張支線の左側に敷かれていたので、踏切も歩道橋も幅があります。
沼ノ沢駅 近所の人たちでしょうか、若い親子が見学に訪れています。炭鉱がこの街を支えていた時代を知らないでしょうね。草が生い茂る広い構内には、かつて線路が何本も敷かれていました。
南清水沢駅 駅向かいのAコープの従業員の方々もお見送りです。
清水沢→鹿ノ谷 左の舗装された遊歩道は、かつての
夕張鉄道の線路跡です。立ち位置のすぐそばに「若菜」という駅がありました。
鹿ノ谷→夕張 沿線には鉄道ファンの姿はもとより、若い家族連れの姿も目立ちました。
夕張駅 終点です。蒸機現役時代には、更に数 km先に駅があり、その場所が「石炭の歴史村」となっていました。現役時代にはその吐き出す煤煙で乗客から嫌われていた
蒸気機関車も、今や老若男女問わず、人気者です。
飲食料はAコープで、ガソリンは地元のスタンドで、くらいでしか地元にお金は落とせませんでした。
市長の判断でバス転換となりますが、地元にとって便利になるのであれば、それが最善策であると思います。
平成20(2008)年9月