田中 泰三様の画像につき、転載はご遠慮ください。
昭和31(1956)年11月18日 高山機関区
LP42搭載の原型を彷彿とさせるスタイル。私が生まれる前だし。除煙板の点検口は開閉式。炭水車後部上端は既に切り欠かれており、他にも多数このような改造車はおりました。
昭和42(1967)年6月30日 高山機関区
LP405となり除煙板の点検口は開閉蓋を撤去。ATS用の発電機を設置。
昭和42(1967)年7月15日 高山機関区
昭和42(1967)年11月08日 高山機関区
炭水車前面の機関士側が改造されていますが、何のための措置なのかは分かりません。
昭和43(1968)年3月15日 高山機関区
スノープラウやフロントデッキが雪まみれ。本線運用を終えた後でしょうか。
昭和43(1968)年9月23日 高山駅
昭和44(1969)年4月30日 高山機関区
フロントデッキに入換用の手摺が1本追加されています。暗くて分かり辛いですが、機関士側キャブ前窓は旋回窓になっているように見えます。
昭和44(1969)年9月28日 高山機関区
SLさよなら運転に向けて美しく整備された姿です。この年の1月8日に美濃太田区の蒸機が消えたのに続き高山区からも蒸機は撤退。これでいよいよ高山本線が無煙化されます。
昭和44(1969)年10月1日 高山機関区
さよなら運転当日。涙雨が降り注ぎます。
昭和44(1969)年10月28日 遠江二俣機関区
主連棒が外され、高山区から遠江二俣区へ転属。車歴表とは異動日に1日のズレがありますが、真相やいかに。
現在は天竜浜名湖鉄道の天竜二俣駅前に保存されています。部品欠損とごくたまにの整備で、状態は決して良いとは言えないようです。
車歴は↓こちら。