matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。
過去記事は↓こちら。

昭和45(1970)年8月9日 呼人→網走 臨時急行「大雪52号」
寝台車の無い臨時夜行急行の下り「大雪52号」です。本家の下り「大雪5号」に1時間ほど先行して運転されました。「大雪5号」が北見から普通列車となるのに対して(517レ→1527レ)、「大雪52号」は全線を通して急行でした(8519レ)。なお、この年の7月31日~8月18日(札幌発基準)の期間は釧網本線の斜里(現 知床斜里)まで延長運転(9519レ)されていました(ただし、上り列車は網走始発のみ)。今でこそローカル線らしい佇まいを見せる釧網本線ですが、この当時は「しれとこ」「大雪」といった気動車急行が運転されており、そこに蒸機牽引の客車列車、貨物列車が加わり、本数こそ少なめでしたが、バライティ豊かな列車の姿がありました。

昭和45(1970)年9月 呼人←網走 1594列車
網走発北見行きの貨物列車です。石北本線はD51や補機の9600が主力機関車でしたが、北見~網走間はD51が入線できないためC58の独壇場でした。

昭和46(1971)年7月23日 網走駅 イベント列車
1号機の梅小路入りが決定したお祝いと、鉄道開業百年のプレイベントとして釧網本線(運転区間不明)で運転されたC58三重連です。1号機の次はG-2タイプの門デフ装備機33号機・・・ではなく385号機です。この運転の直後、五稜郭区から転属してきた33号機に門デフ(正しくは後藤工デフですが使い分けが面倒なので、このブログでは切取式除煙板は一括して門デフと表記しています)を譲ったものと思われます。3輌目のナンバーは定かではありませんが除煙板が切詰なのは確認できます。編成は木材を積んだ長物車に客車3輌という、三重連の割には小振りなものでした。当時、あまり話題にはならなかったのか、ネット上に記事や画像はあまり上がっておりません。
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