ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

準急「ひだ」運転開始

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。

昭和33(1958)年3月1日、名古屋~富山間で準急「ひだ」の運転が始まりました。

準急「ひだ」は高山本線で最初の優等列車であり、高山駅ではそれを祝して出発式が挙行されました。地元中学生と思われるブラスバンド。雪解けで道はぬかるんでいるのか、先生も含めて全員長靴スタイルです。バックにはラッセル車の姿が見え、春の訪れまでもう少しというところでしょうか。

 

ラッセル車バック。

準急「のりくら」の時のモダンな姿のミス高山から一転して和服姿。洋服もいいけれど、和服の方が晴れやかさでは一段上かも。

 

「ひだ」バック。

運転士と車掌らに花束の贈呈。花束を渡す人、渡された人、画像はどちらも左向きですが、カメラマンが移動したために同じアングルになってしまいました。両者はちゃんと向かい合っています。4号車付近での花束贈呈。運転士はこの後、1号車の運転台まで移動しなければなりませんが、ホームも車内も混雑していて、移動は大変だったでしょう。

 

何人もの見送り人が紙テープを握りしめ、発車するのを今や遅しと待っています。現在では窓の開く車輛は非常に少なくなっているので、こうした光景も過去のものになりつつあります。列車はキハ55による4両編成。初期車なのでバス窓です。キハ55系の専用色とも云える黄色(クリーム2号)に赤帯(赤2号)のいわゆる準急色をまとった姿は、煙のない快適な旅をアピールするには極めて優れたイメージ色だったことでしょう。後に運転区間が拡大されますが、キハ26、キロハ25やキロハ18なんてのも編成に混じるようになります。

 

そしていよいよ発車・・・運転室には何人もの国鉄マンが乗車し終着名古屋へ向かいます。これより高山本線無煙化へむけて歩みだし、10年後の昭和43(1968)年に蒸機は姿を消すことになります。

※ 鉄Pの2003年3月号、P43では「ひだ」の運転開始が3月22日となっていますが、誤りですのでご注意を。