ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

C58 13

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。

昭和43(1968)年2月27日 佐倉機関区

3、4、8号機に続く佐倉区の若番機です。D51同様に、缶胴とランボードの接触部に設置された蒸気排気管のカバーですが、コスト削減を謳われたこの時代に、どうして設置したのかよく分かりません。戦後、点検の邪魔だとばかりに、D51や1号機のように撤去した例は少なくありません。趣味的にはその断面形状にはいくつか種類があるようで興味は尽きませんが。C58はほぼ番号順に製造されていますが、その落成日は数日おきという、大変なスピードで量産されています。汽車会社製の最初のロットである1~10号機は、ほぼ3週間のうちに落成していますし、川崎車輛製の11~22号機は3週間かからずに竣工しています。ミニD51と称されるようにD51と似た形態だけに、製造しやすい面もあったのでしょう。戦前は鉄道輸送が客貨とも旺盛な時代で、幹線向けには大型の機関車が続々と製造されていましたが、ローカル線である丙線向けには8620や9600などのいささか古めかしい機関車が主流でした。それら機関車の近代化を図るべく登場したのがC58でした。丙線における転車台には18m級のものが少なくなかったため、全長を抑える意味でも動輪径は8620やC50で採用の1600mmではなく1520mmを採用しました。客車だけでなく貨物牽引も想定されていましたから、D51と同じ1400mmにしていれば9600を凌ぐ牽引力を出せたのではないかとも云われています。将来のパワーアップに備えて、ボイラ圧は国鉄機最高の18kg/m²に設計されていましたが、給水装置や圧縮機などが対応できなかったため、潜在的な能力を発揮するには至りませんでした。

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C5813 機関車データベース (形式C58) - デゴイチよく走る!