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C58 14とC58 15とC58 16 - ただいま鉄道写真スキャン中

昭和42(1967)年1月14日 小山駅近辺
北海道の野付牛区(後の北見区)に新製配置され、それから転属するにつれて南下し、最後は小山区に落ち着きました。小山機関区といえば何となくC50のイメージが強いのですが、昭和43(1968)年3月31日時点ではC50が7輌に対して、C58は15輌も配置されており、水戸線や両毛線で活躍していました。昭和43(1968)年9月30日に両毛線で「SLさよなら列車」を牽引したのもC58でした。しかし蒸機終焉時、小山区にC58の姿はなく、C50とC12だけが残ったことで、C50が俄然注目を浴びることになったのでしょう。15号機は小山区C58の最若番機。流線形のC55を除けば、密閉キャブのはしりとなったC58ですが、これにより形状が大きく変わったのがキャブ昇降時に不可欠な手摺でしょう。開放キャブの場合には、キャブ側の縦樋を兼ねた手摺と、炭水車端に設置した手摺を使用して昇降していましたが、密閉キャブでは扉口の両側に専用の手摺が設けられました。しかし例外はあるもので、一部のC58には縦樋兼用にしたり、手摺の形状を変えたプチ変形機があります(1号機も)。手摺といえば、除煙板前端の手摺はD51と同じタイプで、内側と外側に設置されています。外側は昇降用、内側は入換用という使い分けができます。他の形式ではなぜ採用しなかったのかが不明です。
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