
昭和61(1986)年10月13日 桑園←札幌
山線から定期の優等列車が姿を消したのはこの年の11月。国鉄最後のダイヤ改正によるものでした。これにより特急「北海」と急行「ニセコ」が消えるのですが、すでに貨物列車や荷物列車も山線での運用を終えており、かつての幹線は普通列車しか走らないローカル線へと凋落しつつありました。その昔、急行「まりも」や「大雪」を牽引するC62重連が、その豪快なブラスト音を山間に響かせ、日本中の鉄道ファンを沸かせたものだっただけに、そう思うと矢も楯もたまらず、10月10~12日の連休に有給休暇を加えて、撮影のために帰省しました。帰省といっても家では本当に寝るだけで、早朝から晩まで撮影に明け暮れました。画像は撮影最終日に撮影した「北海2号」。これで「北海」とはお別れです。
「北海」は帰省時にはよくお世話になり「北斗」よりも利用したものです。学校を卒業し上京する際には急行「ニセコ」を利用し、社会人になって最初の帰省では急行「宗谷」を利用し(当時は函館~稚内の運用)、その流れで「北海」を利用するようになるのは自然の成り行きだったと云えるでしょう。
今、手元には、多くはありませんが、キハ80系時代からの写真と車内の録音テープが残されています。私がこの世から引退するまでに、これらを誰かに引き継いでもらい、長くこの記録を残して欲しいと思っているのですが、誰か手を挙げてくれませんかね。