matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮ください。

昭和44(1969)年8月10日 常紋信号場付近
いきなりお尻からですが、常紋峠で後ろから列車を押し上げています。

昭和45(1970)年8月 湧網線

昭和45(1970)年8月8日 湧網線

昭和46(1971)年4月26日 湧網線
番号板の数字配列は「6 96 44」と、変に気遣ったもの。昭和45年までにはなかったゼブラ模様が昭和46年には塗装されています。回転式火の粉止めはタッパがあるので、煙突が長く見えます。前照灯はLP42。キャブ側窓はいまだに古い2枚窓を踏襲。川崎造船所のポリシーなのでしょうか。炭水車はリベットが賑やか。



令和3(2021)年10月3日 名寄本線渚滑駅跡
現役時代を再現するため、ゼブラ模様もしっかり塗られています。ただし煙室戸は、番号板を避けてか、上部は省略。上屋根はありませんが、非常に良好な状態に整備されているようです。ありがたいことです。前照灯はLP403に。石炭への散水装置が一部撤去されています。
案内板では製造所が「川崎車両会社」になっています。あながち間違いではないけれど正確に「川崎造船所」と表記して欲しいです。
車歴は↓こちら。