ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

栗丘駅

昭和49(1974)年8月5日 227列車 栗丘駅

当時は駅舎の写真をほとんど撮っておらず、今になって大いに悔やんでおります。フィルムが勿体ないと考えたわけではなく、端から被写体として見ていなかったのです。なので、この画像のように、たまたま写り込んでいたというケースばかりであります。

栗丘駅はこの当時、SLファンにとっては植苗駅と並ぶ撮影のメッカへの乗降駅で、私も何度か降りていますし、隣の栗山駅から歩いてこの駅から乗車したこともあります。なのに、駅舎の写真は1枚も撮っていません。はんかくさいんでないかい。この当時の木造駅舎には駅員がちゃんとおりましたが、駅舎の中がどうなっていたのかの記憶はありません。なお、栗丘駅はもともとは信号場だったそうです。地元からの要望を受けて、戦後、駅に昇格したんだとか。

それにしても、国鉄職員と思われる人が列車に乗り込んでいます。ご覧になって分かるように、列車は構内踏切を塞いでいるため、右側の上りホームから列車が停車している下りホームへ行くことはできません。なら、もっと早くに下りホームへ上がっていればいいのにと思うのですが、どうしてこうなったのかが分かりませんので、これ以上は何とも言えません。そういえば信号場に降格した函館本線の石谷駅も、このように駅舎の前あたりに構内踏切があり、中線に貨物列車が停車すると構内踏切を塞いでしまい、下りホームへは行けないという状況がありました。実際にそれがために乗客が下り列車に乗れなかったというケースがあったかどうかは分かりませんが。

現在は駅舎が建て替えられ、下り線の栗山トンネル崩落以降、下りホームも使われなくなりそのまま放置され、せっかく建てた跨線橋も用途御免となって出入口は塞がれ、一見すると廃駅の様相を呈しています。かつてSLファンで賑わっていた渦中に自分も身を置いていただけに、現状の荒れた状況にはちょっとだけ胸が痛みます。ちょっとだけ、というのは、あまりに廃駅を見てきただけに、段々と感覚が麻痺して来たからでしょうね。