ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

何か違う

はい、問題です。どこが変でしょう。お前の頭だとか顔だとかは無しです。

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一瞬で分かる程度の「変さ」がある805号。

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参考までに、変ではない804号。

何にでも、過渡期には異端なことは起きるものです。これもその一つの例でしょう。旧色から新色への塗色変更で、頭がこんがらかったのでしょうか。
国鉄分割民営化に際し、一部の車両を除きみったくないJRマークがベタベタと車体側面に貼られましたが、その時にも貼る位置のおかしなクハ711がありました。
キハ281の運転台横のロゴが「HEAT281」から「FURICO281」に変更された時にも、その位置が異なる車両がおりました。
古くは形式称号改正で、機関車の形式を4桁表示から現在のCやDといった動輪軸数を示す形式に変更した時には(この時、9900形式→D50形式、18900形式→C51と変更)、変更の適用外であった私鉄からの編入車に対してうっかりC13形式としちゃったことがありました。これはすぐに2920形式とされましたが、ちゃんと「C13 1」のナンバープレートを取り付けた写真が残されています(ウィキ参照)。なお片上鉄道のC13とは無関係です。

さて、話題を戻して、805号のちょっと変なところはもう一か所あります。行き先サボの高さです。取り付け位置が低いので緑帯の中に食い込んでいます。サボ受けは溶接で取り付けているでしょうから、これは製造当初からのものなのだろうかと原番号である209号を確認することにしました。でも写真は見つからず、その代わり208号(→819号)があったので見てみると、あら、やっぱり低いです。ロットとしては新潟鉄工所製造の197~211の一群になるので、一応他の車両も確認しました。すると、映像が見つからず確認できなかった208(→819)と210(→820)の2両を除く13両(800、791、790、716、717、794、746、747、748、788、818、805、781)全てで低いのが確認できました。もしかして模型の世界では既知の常識なのでしょうか。

更に変というか、抜けているものがあります。前照灯付近に貼られるべき「架線注意」のシールです。これは805号に限らず、この時撮影した他の車両でも確認できているので、現場でよくやる貼り忘れなのかもしれません。或いは、たまたまシールの在庫が切れていて手配中だったとか。

塗色が変でしょう、という話題であっさり済ませる積りが、色々調べているうちに随分と時間を食ってしまいました。北海道のキハ40系は全車(全番号ではありません)ビデオで撮影しているので、調べると他にも色々な発見があるかもしれません。調べないけど。

平成6(1994)年11月25日 函館駅

キハ40のことを調べようと、2003年に4部作で制作した「キハ40系」の自主制作ビデオを確認しました。北海道のキハ40系(キハ40、キハ48、キハ400、キハ480)は全て撮影しており「車番集」というコーナーで4回に分けて全車両を紹介しているのですが、キハ40の811~841の31両が抜けていたことが、制作から15年も経った今頃になって気づきました。考えてみれば、1回につき30両ずつ紹介しているので、全車両150両を紹介するのであれば5回が必要です。当時は割り算もできなかったのでしょうかねえ。やっぱ、自分が一番変?