一口に臨時列車といっても、様々なものがあります。旅客の臨時列車といえば季節列車や団体列車。貨物であれば甲種輸送や特大などの特殊貨物。事業用であればマヤ検やホキ工臨など。そんなものをちょこっと貼っておきます。
昭和54(1979)年11月19日 16:10頃 札幌駅 DD15 304
昭和55(1980)年1月9日 06:54 新琴似駅 DD15 26
札幌駅のDD15はどこの運用だったのかは分かりませんが、この当時、札沼線ではDD15がラッセルしていました。貨物列車が走っていた頃とスジが変わっていないようでしたので、撮影することができました。
スロ81、スロフ81形式のお座敷列車です。グリーン帯が消されて、ただの客車列車に見えるのがちょっと残念。
昭和59(1984)年7月27日 鳥栖駅 マヤ34 2007
この車両は向日町運転所の所属なのに、何ゆえこんな所に?と思って配置表を見て見ると、当時、九州にマヤ34は配置されていませんでした。はるばる京都から遠征して来ていたんですね。因みに北海道を走っていたのは2008号でした。なお、形式番号の前にある「〇」はGマークと呼ばれ、信越本線の碓氷峠を通過するために必要な横軽対策を施している車両であることを示しています。多分。
昭和60(1985)年9月15日 12:42 取手←藤代 回9250M
「エキスポライナー」の回送列車だったのかどうかは分かりません。
昭和63(1988)年10月22日 新鶴見操車場 オヤ31 11
すでに廃車体ですが、建築限界測定車です。矢羽根を出しているので現役の様にも見えます。11号は品川客車区の所属でした。7両が製造されましたが全て改造車です。タネ車はバラバラで、様々な形態が見られました。北海道では32号が活躍していましたが、平成30(2018)年に廃車されました。滅多に稼働することはなく、現金輸送車よりも撮影するのは難しかったかもしれません。
平成10(1998)年4月17日 ニセコ駅
キハ400形式500番代のお座敷気動車です。ド派手な出で立ちは、特別な車両であることを伺わせます。キロ400としない所にJR北海道の良心を感じます。同時期に活躍していたキハ56形式500番代が4人卓に対してこちらは8人卓。いずれも線路方向に座卓が並べられていました。後のキハ183系6000番代では2人卓と4人卓となり、座卓は枕木方向に変更されました。お座敷気動車は、今や思い出の車種です。
平成10(1998)年9月5日 08:00頃 釜谷駅 9171列車
EH500-901の試運転列車です。古いコンテナはただの死重で貨物ではありません。牽引機はED79 105+ED79 21。EH500はどういう内容の試験を受けていたのかは分かりません。まだ金太郎ではありません。
平成10(1998)年11月27日 14:05 駒ヶ岳駅
北斗10号・9195列車
NHKの朝ドラ「すずらん」のロケで使用する真岡鐡道のC12 66とJR東日本の旧客2両が、旭川へ向けて甲種輸送されているところです。この日は東室蘭までの運転で、翌日には機関車がDE10からDD51に交代されて旭川運転所まで輸送されました。添乗するJR貨物社員らしき人たちも、鉄道ファン並にはしゃいでいるように見えたのは気のせい?
平成10(1998)年11月29日 11:27 試9977列車・スーパー北斗5号
キハ261系の甲種輸送を追って撮影した時のものです。長万部駅では長時間停車したので、色々とビデオを中心に撮りました。宗谷特急と函館特急との並びなんてそうそう撮れるものではありません。このシーンはビデオでも撮影しており、ビデオカメラを後方に設置し、望遠気味に無人で撮ったのですが、結果にはかなりガッカリでした。自分は柱の陰に隠れています。