ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

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田中泰三様提供の画像につき、転載はご遠慮ください。(リンク先の田中泰三さんとは関係がありません。)

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昭和43(1968)年10月2日 福井機関区

車歴は↓こちら。

58677 機関車データベース (形式8620) - デゴイチよく走る!

お召予備機の48659と同じく、金沢運転所から貸し出しされた機関車だったようですが、返却しないままこの2か月後に廃車となってしまったそうです。

前端梁の向かって右側に据えられたステップが48659と共通です。煙室扉の白っぽい汚れは何なのでしょうね。

この当時は、先進国標準であったヤード・ポンド法に則って図面が引かれ、車両が製造されていました。ハチロクの図面を見るとインチ「”」、フィート「’」で寸法表示がなされ、たとえば動輪直径は「63”」(63インチ=1600.2mm)となっています。日本には独自の尺貫法がありましたが、インチと寸、フィートと尺が似ていたので、工業会ではさほど抵抗なく使われていたような気がします。社会で広く使われていた尺貫法だけに、メートルへの転換にはいささか抵抗があったようで、故 永六輔さんも、尺貫の使用を訴え続けていましたね。実際、坪、間など建築の世界では慣用的に今でもしらっと使われています。

自作パソコンを組んだ人なら、インチネジとミリネジの両方があるのをご存知かと思います。HDDを固定するネジはインチネジで、山・谷の間隔が少し広めです。一方、DVDドライブなどの光学ドライブの固定にはミリネジを使います。ネジ径が違うので間違って使うことはないのですが、それを知らずに無理くりねじ込むとネジ穴がおかしくなって本来のネジが取り付けられなくなります。パソコン発祥の国がアメリカなので、インチネジを採用したのだと思います。アメリカは今でもヤード・ポンド法なのです。鉄道車両も古いものだとインチネジとメートルネジが混在していました。

メートル法の施行は大正13(1924)年ですが、国鉄では昭和5(1930)年にメートルへ切り替えました。それまで距離にはイギリス由来の「マイル・チェーン」を使っていたものを「キロメートル」へ切り替えたわけですが、この「チェーン」というのは測量に使用する単位で66フィートや792インチに等しく、およそ20mになります。

テレビ画面のサイズ(対角線上の長さ)に使われている「型」がインチサイズを示していることは皆さんご存知のことかと思いますが、ビデオテープなどの磁気テープの幅もインチで表されていますし、懐かしいフロッピーディスクも8インチとか5インチとか3.5インチがありましたね。インチ・フィートは漢字ではそれぞれ「吋」「呎」と書き、これらは日本で作られた漢字(国字)になります。なんで口ヘンなのでしょうね。

交友社発行の「私の蒸気機関車史 下(川上幸義著)」のP.284にハチロク主要諸元が表記されていますが、動輪直径の5吋3呎は5呎3吋の誤植ですね。

 

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昭和43(1968)年5月30日 金沢運転所

まだ福井機関区へ貸し出される前の姿です。