ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

特急「つばめ」

matuno kura が撮影した画像ではないので、転載はご遠慮下さい。

昭和43(1968)年2月1日 岐阜駅

481系による特急「つばめ」は昭和40(1965)年10月から運転され、名古屋と熊本とを13時間近くもかけて結びました。それまでは151系を使用し、新大阪と博多間での運転でした。かつて「つばめ」といえば国鉄が誇る特急列車の代名詞でもありましたが、新幹線の愛称名に採用されることはありませんでした。しかし九州新幹線でようやく採用されることになります。481系化により足回りが強化されたことでセノハチでの補機運用は不要となり、交直流仕様なので関門トンネルは自力走行できるようになりました。一見すると151系と481系は瓜二つに見えますが、床下機器の関係で481系は151系に比べて床面は125mm高くなっています。そのため、ヘッドライト回りの赤羽根と側窓の赤帯との接合部の塗分けや運転台後部の形状が異ります。何よりスカートの赤とボンネットの赤ひげが特徴的です。当然、屋根上の機器類も異なります。昭和43(1968)年10月からは581系583系も「つばめ」の運用に加わります。昭和47(1972)年3月の山陽新幹線の岡山開業により始終着駅は名古屋から岡山へと変更され運転区間は短縮されましたが、翌年10月には西鹿児島迄延長されます。そして山陽新幹線が博多まで到達した昭和50(1975)年3月、遂に「つばめ」は廃止されてしまい、これを最後に国鉄から「つばめ」の愛称名を持つ列車は姿を消してしまいます。再登場はJR九州の発足まで待たねばなりません。ところで1枚目の「つばめ」の隣の列車ですが、大阪発名古屋行きの急行「比叡1号」になります。153系による運転で、一等車のサロ152とビュフェのサハシ153の姿があります。