

何だか明治時代の写真みたい。キハ53 506のタネ車となりましたが、キハ53形式500番代の中では最初に廃車になりました。

せっかくのキロ29なのに。運転台側からは撮影していません。



苗穂の車でしたが、JRになってから函館に移り、そこでワンマン化されました。まだ1700番代にはなっていないのかな?

バルブの最中に発車してしまったようです。


700番以降は、それまでの丸屋根から折妻となりました。


全国的に普通列車ではオハ35系が数多く運用に就いていましたが、北海道ではオハ35系よりもスハ32系、オハ62系の方が目立っていた印象です。


501号とは反対側の側面になります。



オハネ12 504の側面と比べると、一番手前の小窓の有無に違いが見られます。勿論、台車も違います。

スロ54形式500番代は11両が存在し、0番代を北海道仕様に改造したものです。急行「狩勝」「大雪」「利尻」の運用に就きました。

グリーン帯とAU13Aの冷房装置にはグリーン車としての風格が滲んでいます。でもやはりTR23系の台車は・・・。

グリーンマークだけだと格落ちした車両に見えなくもありません。
オハ61から改造したオロ61は、冷房化によりスロ62となりました。台車は優等車両にふさわしくTR52A。冷房化・改形式に際し、低屋根化し、オロ61時代とは外観を大きく変えました。腰掛ピッチ・定員はスロ54の1160mm48人に対して1270mm・44人。急行「ニセコ」「すずらん」の運用に就きました。








マニ50の登場により、まずマニ60が急速に姿を消した印象です。
今回のような写真は残念ながら今回だけに留まりません。いずれ、また。
昭和55(1980)年5月10日