ただいま鉄道写真スキャン中

昭和40年代中半の国鉄時代から、21世紀初頭のJR時代までの鉄道写真をご紹介。当時のことやら思い付いたことなどをとりとめなく記しました。

苗穂の踏切撮影(その4の2)

フィルムを交換して撮影を続行します。次から次と列車が通過してゆくので飽きることはありません。

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09:58 747M(北広島発、札幌行き)、おおぞら3号
747Mは運転時間、わずか23分間。

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オロハネ25 501
特徴ある合造車なのに、通路側の側面には何の特徴もありません。食堂車は増結5号車の扱いですが、この年の3月までの暫定的措置だった模様。

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10:03 北斗星3号(JR東日本編成)
登場時はB開放寝台のみの編成で、「北斗星」とは名ばかりのような列車でしたが、人気に押されて食堂車もA寝台も用意されて、正真正銘の「北斗星」に成長しました。それにしても、時刻表や鉄道書籍によると、この当時、カニはまだ上野方に連結されていることになっているんですよね。どういうことなのでしょう。

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10:06 3749M(苫小牧発、札幌行き)
苫小牧までヘッドマーク付き快速列車が走っていたとは、今となっては感無量であります。

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10:10 北斗6号、155M(小樽発、岩見沢行き)
この当時、「北斗」は所定7両編成。

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10:13 回送列車
キハ56+キハ27。当時はどうということのない、ありふれたローカル編成ですが、今となってはこんな列車でも愛おしく感じます。画面左にはLPG輸送の専用線があるのですが、ちょっと分かりにくいです。

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10:16 おおぞら2号
3両増結されて堂々の10両編成。82系時代の13両編成には及びませんが、これはこれで特急列車としての風格があります。

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10:19 3150M(岩見沢発、小樽行き)
いしかりライナー」のヘッドマークは、721系に装着するとグリーンの帯に紛れてちょっと分かりにくいですね。
いしかりライナー」には3934列車という客車列車もありました。電車で岩見沢~小樽間を1時間37分かかっているのを、客車でありながらも1時間41分となかなか健闘していました。写真を撮ってはいるのですが、未スキャンなのでお知らせだけ。(下りでは3939列車と3943列車)

特急列車同士のすれ違いは燃えます。今なら江部乙駅で「カムイ」と「ライラック」のすれ違いが、かなりの高い確率で狙えるようです。

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10:42 回送列車
キハ40、キハ46、キハ56、キハ40という編成。乗るならやっぱりキハ56だな。でも乗り心地はキハ40の方が上。

通勤時間帯を過ぎての1時間足らずでも、これだけ多様な列車が通過してゆきました。711系や721系の写真は他にもあるのですが、似たり寄ったりなのでそれらは割愛させていただきました。

昭和64(1989)年1月7日