フィルムを交換して撮影を続行します。次から次と列車が通過してゆくので飽きることはありません。

747Mは運転時間、わずか23分間。



オロハネ25 501
特徴ある合造車なのに、通路側の側面には何の特徴もありません。食堂車は増結5号車の扱いですが、この年の3月までの暫定的措置だった模様。
登場時はB開放寝台のみの編成で、「北斗星」とは名ばかりのような列車でしたが、人気に押されて食堂車もA寝台も用意されて、正真正銘の「北斗星」に成長しました。それにしても、時刻表や鉄道書籍によると、この当時、カニはまだ上野方に連結されていることになっているんですよね。どういうことなのでしょう。

苫小牧までヘッドマーク付き快速列車が走っていたとは、今となっては感無量であります。

この当時、「北斗」は所定7両編成。

キハ56+キハ27。当時はどうということのない、ありふれたローカル編成ですが、今となってはこんな列車でも愛おしく感じます。画面左にはLPG輸送の専用線があるのですが、ちょっと分かりにくいです。


3両増結されて堂々の10両編成。82系時代の13両編成には及びませんが、これはこれで特急列車としての風格があります。

「いしかりライナー」には3934列車という客車列車もありました。電車で岩見沢~小樽間を1時間37分かかっているのを、客車でありながらも1時間41分となかなか健闘していました。写真を撮ってはいるのですが、未スキャンなのでお知らせだけ。(下りでは3939列車と3943列車)
特急列車同士のすれ違いは燃えます。今なら江部乙駅で「カムイ」と「ライラック」のすれ違いが、かなりの高い確率で狙えるようです。

キハ40、キハ46、キハ56、キハ40という編成。乗るならやっぱりキハ56だな。でも乗り心地はキハ40の方が上。
通勤時間帯を過ぎての1時間足らずでも、これだけ多様な列車が通過してゆきました。711系や721系の写真は他にもあるのですが、似たり寄ったりなのでそれらは割愛させていただきました。
昭和64(1989)年1月7日


